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デザインを「批評的実践」として読みなおすために

august 17, 2026

alter.の会場で展示されるプロジェクトは、国内外のコミッティメンバーによる審査を通じて決定されます。キュレーターやジャーナリスト、建築家などさまざまなジャンルから集まったコミッティメンバーは、一人ひとり異なる視点からプロダクト・デザインと向き合っているはず。alter.のジャーナルでは、インタビューを通じて各コミッティメンバーが現代のプロダクト・デザインをどう捉えているのか明らかにしていきます。

4人目のインタビューは、Vitra Design Museumでキュレーターを務めるJohan Deurell。スウェーデンのRöhsska Museum of Design and Craftでは「民主的デザイン」の神話を問い直す展覧会「Unmaking Democratic Design」をキュレーションした彼は、現在スリランカの建築家ジェフリー・バワの回顧展に取り組んでいます。デザインを社会的・政治的な議論と結びつけながら「批評的実践」として捉えてきた彼は、現代のプロダクト・デザインと美術館の役割をどう見ているのでしょうか。

デザインは社会や政治とつながっている

──Johanさんがどのようにキュレーターとしてのキャリアを歩んでこられたのか教えていただけないでしょうか。

私のキャリアは、状況や偶然、そして決意によって形づくられてきたと言えますね。視覚文化やマテリアル・カルチャーには昔から取り憑かれていて、学部では美術史とキュレーション、大学院ではデザイン史を研究しました。アートギャラリーで働いた時期もあります。

──そうした学びは、現在のキュレーション活動にどうつながっていますか?

美術史とデザイン史を学んだことが、マテリアル・カルチャーや建築環境への向き合い方を形づくっています。私が関心を寄せているのは、歴史的に見ても現在を見ても、より広い文化的・社会的・政治的な議論と、それが美術や建築、デザインのなかでどう現れているのかですね。

──キュレーターになる前は、ジャーナリストや講師としての活動が長かったと伺っています。それらの経験はいまの仕事にどう影響していますか?

その2つの経験は、いま「何が現在において意味をもつのか」を自分に問いつづける姿勢につながっていますし、同時に「人を惹きつける学びの体験とは何か」を意識する姿勢にも結びついていると思います。

 

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なぜ、どう、誰のためにつくられているのか

──キュレーターとしては、これまでどんなテーマを扱ってこられたのでしょうか。

移民や文化的なハイブリッド性、クィアネス、人道的権利、環境・気候変動といったテーマです。それらは誰もが関心を寄せるテーマであり、私自身の個人的な興味とも共鳴する内容といえます。

──現在はどんなテーマに関心を寄せていらっしゃいますか?

いまのキュレーションの焦点は建築環境にあって、「自然と闘うのではなく、自然とともに生きる」という考え方に向かっています。具体的には、エコロジカルな建築の先駆者であるスリランカの建築家ジェフリー・バワの回顧展に取り組んでいるところです。M+(香港)の横山いくこさん、Geoffrey Bawa Trust(コロンボ)のShayari de Silvaさんとの共同キュレーションで、9月にVitra Design Museumで展覧会を行います。

──キュレーターとしてはどんな観点を重視されているのでしょうか。

先ほどお話ししたように、社会的な議論と、それが美術や建築、デザインのなかでどう関係しているのかにいつも関心をもっています。あるいは逆に、デザインのなかから社会的な議論が立ち上がってくるとも言えるかもしれませんね。

──特に現代のプロダクトデザインについてはどんな点を意識されますか?

「いまの時代について何かを語っているオブジェクト」を探しています。それがどのようにつくられているのか、なぜつくられているのか、誰のためにつくられているのか――同時に、オブジェクトに対する最初の感情的な反応もまた重要なものだと、どのキュレーターも認めるはずです。何も呼び起こさないのであれば、それはある意味で「死んだオブジェクト」になってしまう。そしてもちろん、こうした判断はすべて、非常に主観的なものでもあります。

デザインの「神話」を問いなおす

──Johanさんがキュレーションされた「Unmaking Democratic Design」は、まさに「批評的なキュレーション」の代表例のように感じます。どのような経緯で開催が決まったんですか?

当時、私はヨーテボリのRöhsska Museum of Design and Craftに着任したばかりで、美術館自身もその役割と使命を問いなおすプロセスにありました。歴史的に、この美術館は「正典としてのデザイン史」を物語ってきたんです。そこでは「スカンディナビアン・デザイン」が——そもそもこの概念自体がひとつの構築物ですが——ある種の価値観をまとっていた。そのうちのひとつが「民主的デザイン」という観念でした。

──「民主的デザイン」のどんなところを問いなおそうとされたのでしょうか。

「スウェーデンのデザインが、なぜこれほど民主的なのか?」と問いたかったんです。西洋で「民主的デザイン」という言葉は、IKEAやH&Mの語法に倣って、「安価で消費者に優しいもの」の代名詞になってしまっている。私はこの神話に挑みたかったし、消費者ではなく、素材や制作、参加、権力の問題へと焦点を移していきたかったんです。

──この展覧会はスウェーデンのデザイナー、フレドリック・ポールセンと椅子のタイポロジーにフォーカスされていました。

このテーマのもとで一緒に展覧会をつくっていけるよう彼に依頼し、椅子というタイポロジーを通じて展示を展開することにしたんです。結果として、とても成功した展覧会になりました。美術館を訪れた人々は、まるでエンツォ・マーリの〈Autoprogettazione〉にインスパイアされたかのように、自らの手で椅子をつくり出すことに没頭していました。

 

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批評的実践としてのデザイン

──そうしたキュレーションには、社会的・政治的な視点が組み込まれています。デザインを「美しさ」や「機能」だけでなく、社会との関係から捉えるとき、どんな視点を大切にしていますか?

私が関心を寄せているのは「批評的実践」としてのデザインなんです。素材や技能、技術ははるかに大きなネットワークの一部にある。だから、デザインの背後にあるプロセスを見ていくと、別の問いが次々と開かれていく。

たとえば「Ocean Plastics」をキュレーションしたとき、私たちはFormafantasmaの〈Botanica〉やStudio Swineの〈Ocean Gyre〉といった批評的デザインのプロジェクトを展示しました。前者は、樹脂や角といった産業革命以前のバイオプラスチックを探求した作品です。後者は、海で見つけたプラスチック廃棄物を収集し、加工する取り組みでした。

──そうしたプロジェクトを通じて、どんなことが見えてくるのでしょうか。

どちらの作品も、現代社会の合成素材への依存について何かを語っています。けれども、それ以上に重要なのは、それらが「変革の主体としてのデザイン」を示しているということなんです。

──批評的実践や変革の主体としてデザインを捉えるとき、現代のプロダクトデザイナーはどんな課題に直面していると思われますか?

現在進行中の人道危機と気候危機が示すように、収奪的な政策に依拠してきた世界経済の支配的モデルは、見直しが必要です。もちろん、こうした経済的・地政学的な課題がデザイナーだけによって解決できると考えるのはナイーブでしょう。けれども、デザイナーは「ホリスティックな思考」と、いわゆる「デザイン・シンキング」を通じて問題を解く訓練を受けてきた人たちなんですよね。

──これからのデザイナーには、どんな役割が期待されるのでしょうか。

私が予期している未来は、デザイナーが文化的・制度的な境界をまたいで活動する「学際的なリサーチャー」になっていく未来です。みずからの技能を活かして、私たちが直面している課題に対して、聡明で実用的な解決策を生み出していく。そうした姿が、これからますます求められていくと思います。

 

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プロトタイプだからこそ語れる物語

──alter.は、プロトタイプを展示するプロセスを重視しています。ミュージアムやキュレーションの文脈で、未完成の作品や商品化前のプロダクトを扱うことには、どんな可能性や課題がありますか?

私にとって、プロトタイプやマケット、トワル、スケッチといったものは、キュレーションの文脈においてエキサイティングな素材です。それらは「あるオブジェクトがどのように生まれてきたのか」を私たちに伝えてくれるからです。

もちろん展覧会によって目的は違いますが、もしキュレーターとしての物語が「工業デザインや量産品のデザインプロセス」に関するものであれば、プロトタイプ抜きにその物語を語ることは、あまり意味をなさない気がします。

──Vitra Design Museumは、まさにそうしたプロセスを語るアーカイブを多く所蔵していますよね。

Vitra Design Museumは、アレクサンダー・ジラルドやヴェルナー・パントンといったデザイナーの遺品を管理し、チャールズ&レイ・イームズのアーカイブの重要な作品も所蔵しています。これらのコレクションは「工業的に量産された一台の家具が、いかに実験と試行錯誤の結果として生まれているか」という興味深い物語を語っています。それは観客にとっても、心を惹くものであり、インスピレーションを与えるものになります。

北欧と日本のデザインに共通するもの

──alter.は「機能」「美」「表現」の3つの観点からプロダクトを評価しています。今回の審査ではどの観点を重視されますか?

3つの基準は、どれも重要で、しかも互いに関係しあっているものだと思います。たとえば「機能」は、いくつもの意味を含みうる。そのプロダクトはどんな問題を解決するのか? オブジェクト群のなかで、あるいは社会全体のなかで、どんな機能をもつのか? そして、ちゃんと機能しているのか?

そして「表現」には、ヴィジョナリーな思考や実験、デザイナーの視点と意図が含まれます。だから、そこにも私は等しく関心をもっています。それ以外にも、よく考えられたアプローチや拡張的な思考、そして思慮深くつくられた、視覚的・素材的に魅力のあるプロダクトを探したい。もしかしたら後者が「美」かもしれませんね。

──ノルディック・デザインは国際的に高く評価され、ある種の参照点として機能しているところがあります。日本のデザインについては、どんな印象をおもちでしょうか。

私は1990年代に育ったので、最初にゲームやおもちゃ、マンガ、アニメ、それからテック製品や自動車を通じて日本のデザイン文化に出会いました。それから成長するにつれ、日本のファッション、とりわけ川久保玲や三宅一生の仕事に興味を持つようになりました。

──Johanさんから見ると、日本のデザインにはどんな特徴が見えますか?

個人的なことを言えば、ゲームで遊んだ経験は「特定のデザイン文化」と「国」を私が結びつけはじめた最初の出来事だったんです。本質主義的に響かないように、そしてあらゆるデザイン文化が文化的・通時的な交換の結果であることを踏まえる必要はありますが、スカンディナビアと日本のデザインのあいだには、共通点があると思っています。

ルター派にせよ、神道や禅仏教にせよ、これら地理的に離れたデザイン文化は、それぞれの仕方で「オブジェクトの本質」を探究してきました。それは、大きな身振りよりも、ディテールや素材に注意を払うことを意味しています。とくに日本のデザインについては、緻密さと素材性に深く感嘆していますし、アジア建築によく結びつけられる、ネガティブ・スペースや内外の境界をぼかしていく発想にも惹かれます。

──現代の日本のクリエイターについてはどんな印象をおもちでしょうか。

現在、日本のデザイン文化に対するさまざまな再解釈が起きていると感じています。伝統的な工芸や素材への向き合い方を、いま利用可能なテクノロジーや構造システムと結びつけていく試みが、たくさん見えてきている。

美術館は議論の場になっていく

──デザインの未来を考えるうえで、美術館はどんな役割を担いうると思いますか?

美術館は文化遺産をリサーチし、収集し、保存し、解釈し、展示することを通じて社会に奉仕してきました。そして現在、ミュージアムは「リサーチを共有し、オーディエンスとともに新しい知を生み出す活発な場所」になりつつあります。だからこそミュージアムは「議論を活性化する役割」を担いうる場でもあって、よりよい未来を構想するために、デザインや建築を共同で議論し、挑み、解釈しなおすための空間でありうると思っています。

──美術館はただ中立的に作品を展示する場ではない、と。

美術館自身もまた、自分たちが中立的な空間ではないという事実とますます向き合うようになっています。そしてその状況が、進歩的なステートメントを提示すること、多様な意見の場であることへの扉を開きうるとも思います。美術館は公平性と多様性のための空間であるべきだと私は信じています。特に私が気に入るアプローチは、観客とデザイナーが共に学んでいくようなプロジェクトです。

──最後に、alter.の出展者へメッセージをお願いします。

東京におけるデザイン文化のためのalter.というプラットフォームが立ち上がることに、私はとても興奮しています。デザイナーたちが作品を発表する機会を得て、フィードバックを受け取り、つながりを生み出していくための場ですから。すべての応募プロジェクトに目を通したいま、興味深い作品に出会えること、そしてデザイナーたちのアイデアについもっと深く知っていけることに期待しています。