デザインイベントは「アルゴリズム」を壊してくれる
september 18, 2026
alter.の会場で展示されるプロジェクトは、国内外のコミッティメンバーによる審査を通じて決定されます。キュレーターやジャーナリスト、建築家などさまざまなジャンルから集まったコミッティメンバーは、一人ひとり異なる視点からプロダクト・デザインと向き合っているはず。alter.のジャーナルでは、インタビューを通じて各コミッティメンバーが現代のプロダクト・デザインをどう捉えているのか明らかにしていきます。
5人目のコミッティメンバーは、パリを拠点に「MATTER and SHAPE」のアーティスティック・ディレクターを務めるDan Thawley。かつて『A Magazine Curated By』の編集長を務め、いまはファッションやデザインなど領域を横断しながら体験型のキュレーションとストーリーテリングに取り組んでいる彼は、デザインイベントにどんな「物語」を託しているのでしょうか。
編集を体験と物語の設計へ拡張する
──Danさんはもともと編集の仕事からキャリアをスタートされていますが、現在はどのようなお仕事をされているのでしょうか。
プリントメディアでの編集から、体験に深く根ざした仕事へと軸足を移してきました。近年は、パリでの「MATTER and SHAPE」のアーティスティック・ディレクションや、キュレーション、執筆、コンサルティングを通じて、物語で人々を結びつけ、周囲の世界に対する自分の好奇心を共有することに集中しています。
──現在は領域を横断しながら活動を展開されていますが、ファッションの世界で働いていた経験はいまの仕事にもつながっていますか?
ファッションというメディウムのもつ浸透性(porosity)が、私の横断的な働き方を形づくっていると思います。五感に働きかけることと、美しさと意味がつながるような表現を生み出すことを常に意識していますね。『A Magazine Curated By』で、多くの優れたファッションデザイナーのビジョンを伝える役割を担えたことは、私にとって貴重な経験でした。伝説的なアーティストの遺産を扱う仕事から、世界各地の若いクリエイターとの予期せぬコラボレーションまで、多くの方々との関わりを通じて、さまざまな分野のクリエイティブについて学ぶ機会をもらえたと思っています。
──『A Magazine Curated By』では、毎号異なるゲストエディターを迎える独自のフォーマットを採用されていました。その考え方はMATTER and SHAPEにも引き継がれているんでしょうか。
雑誌をつくることとサロン(デザインフェア)を構想することは、重なる部分がありますね。大きなプロジェクトも小さなプロジェクトも、いわばひとつの「屋根」の下に収まるものとして並べられていく。MATTER and SHAPEは生きて動く、立体的なプロジェクトですが、出展者と信頼関係を築きながら什器やインスタレーションについて対話を重ねていくのは、印刷物の中でテキストとイメージをつくっていくエディトリアルの行為にも近いです。どちらもクリエイティブな人々が完成に向けて集合的に動いていくものであり、全体が部分の総和よりも大きくなる点が共通しています。
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アルゴリズムを壊すものとしてのサロン
──MATTER and SHAPEは「サロン」というかたちをとっています。デジタル時代に、物理的な空間で人を集め、体験を共有することの意義をどう捉えていますか?
デジタル空間でコンテンツを消費する時代において、物理的なイベントの重要性は高まっています。特にコレクティブなイベントは、真の驚きと発見を促す場になりうるので重要です。オフラインイベントは、アルゴリズムを少し壊していくものだと思うんです。有名なクリエイターを目当てに訪れたイベントで新しい才能に出会うこともありますし、実際にプロダクトや作品と対峙したときに写真や映像にはなかった体験が生まれることもありますから。
──アルゴリズムだけでは生まれなかった出会いやつながりがイベントから生まれるわけですね。これまでのMATTER and SHAPEで、特に記憶に残っているプロジェクトはありますか?
ギリシャの伝説的ブランド、Saridis of Athensを60年ぶりにパリへ招いて展示したこと。ファッションや映画の世界で知られるAnn DemeulemeesterやLuca Guadagninoといった人々と、新たなデザインのプロジェクトを立ち上げられたこと。そして今年は、Herzog & de Meuronを迎え、M+のためにデザインされたスツールのインスタレーションをつくれたことも、ハイライトと言えるようなものでした。
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デザインがより多くの人に届く時代へ
──以前のインタビューで、「デザインはいま、ファッションが10年前にいたのと同じ位置にある」と述べられていました。2026年のいま、デザインはどんな状況に置かれていると思われますか?
その発言は、「ファッションがファッショナブルであること」を意図したものでした。つまり、人気がある領域ということですね。かつてファッションはとてもニッチでエリートが関心をもつもので、「知っている人」やわざわざ情報を探す人たちのためのものでした。いまはインターネットとソーシャルメディアで裏側の事情まで知れるようになってしまいましたし、販売チャネルが全世界に広がってファッション産業は良くも悪くも巨大でグローバルな存在になりました。
その意味で、デザインもより多くの人々に届くようになってきていると感じます。自己表現の一形態として発信される機会はますます増えていますし、ソーシャルメディアでは過去や現在のデザイン・イメージが拡散されている。実践や職業としてもデザインへの関心は高まっていますね。ただ、機能的なデザインと美的なデザインの両方が、人々の暮らしにバランスよく、意味のあるかたちで根づくには、まだ時間がかかると思います。ただ、世界は変わりつつあり、機能と美しさを兼ね備えた、長く使えるプロダクトを選ぶ人も増えています。
──プロダクトが単なる商品ではなく、別のかたちの美や機能を示すために、展示空間やメディアはどんな役割を果たすべきでしょうか。
人々がプロダクトから切り離されているのではなくつながっていると感じられる、共感的な瞬間をつくるべきです。インタラクションがあり、何かを教えてくれる場があり、新たな文脈が生まれ、人々の想像力を遠くへ連れていける場に展示やメディアはなりうるでしょう。alter.のような場所は、新しい素材や空間、プロダクトの新しい使い方を提案するものだと思いますし、さらにはテクノロジーも取り入れながら別のかたちの生き方を提案しているのが面白いですよね。
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物語のあるプロダクトを求めて
──世界各地でデザイン関連のイベントが増えていますが、デザインイベントの本質的な価値はどこにあると思いますか?
私にとってデザインイベントの価値は、触れられることと予期せぬ発見を得られること、ローカリズムを生み出せることにあります。同じものを異なる都市や国にコピーするだけでは意味がないんです。場所の感覚が失われてしまいますから。
なかでも貴重なのは、専門家から一般の来場者まで、さまざまな人と直接つながり、その人たちの話を聞けることですね。たとえばドイツの「DIE Das」は、デザインを通じて人種的・政治的な境界を壊そうとしているところが非常に面白いと思っています。
──alter.は「機能」「美」「表現」の3つの観点からプロダクトを評価しています。今回の審査ではどの観点を重視されますか?
私はデザイナーやアカデミアの人々とは異なる視点から審査に携わっています。キュレーターの視点だけでなく、商業的な感覚からもプロダクトを審査するからです。なかでも私が重視するのは、作品のナラティブですね。もはや世界にこれ以上プロダクトは必要ないわけで、そんななかでデザイナーがプロジェクトを提案するなら、厳密に考え抜かれ、精緻につくられ、この世界できちんと使われるものとして設計されたものであってほしい。物語を重視することが、alter.の3つの審査の観点に新たな視点を加えることになるのかはわかりませんが、私自身はストーリーテラーとしての視点から判断していると思います。
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現場でしか体験できないものをつくる
──現代のプロダクトデザインやデザイナーは、どんな課題に直面していると思われますか?
課題はたくさんあるでしょう。道徳的、経済的、物流的、素材的な課題。そしてなぜ新しいものを世界に提示するのか。20世紀に生まれたあらゆるアイデアや、それ以前に何千年もかけてつくられてきたヴァナキュラーな文化の形や観念に対して、本当に新しいあるいは必要なものだと証明できるのか。
デザインに対する人々の価値体系は、見直される必要があります。産業が発展しプロダクトを量産できるようになったことで、安く買えるものだと思われてしまっているプロダクトにどれだけの時間や才能、エネルギー、素材が投じられているのか、ほとんどの人がきちんと評価できなくなっているでしょう。希少であることは重要で、モノを特別な存在にし、そのぶん価格も高くなることが多く、排他性やラグジュアリーはスケールの経済と戦っている。デザイナーが美しく独自性のあるものをつくれるようにしたいなら、私たちも、そうしたものが安く手に入ると考えるべきではありません。
──日本のクリエイティビティやデザインについては、どんな印象をおもちですか?
歴史的な実践についても、同時代的な新しい才能に対しても、大きなリスペクトを抱いています。特に経年変化や生の素材、緻密につくられたものとの向き合い方は、私に大きな影響を与えています。子どものころ、交換留学生に青磁色の釉薬がかかった野菜の形の箸置きをもらったときから、ずっとそうです。いま活動している日本のデザイナーたちも、明確な意図と純粋なまなざしをもって自然の美しさを探求し、それをデザインのなかに捉えようとしているように見えます。
──最後に、alter.の出展者への期待やメッセージをお願いします。
出展者のみなさんのプロジェクトを実際に見て、触れ、体験すれば、さらに心を動かされるだろうと期待しています。私たちが選んだ作品には、デザインのさまざまな側面や革新性、美意識が表れていて、その表現の多様さをうれしく思っています。みなさんがプロジェクトをさらに発展させ、現場でしか体験できない感覚的な要素や香り、印刷物、作品に関する強いコンセプトが立ったテキストとともに、作品をとりまく世界をより生き生きとしたものに変えてくれるとうれしいです。そうすることで、私たちコミッティメンバーも、出展者のみなさんが生み出した物語を世界中に広げていくことができると思いますから。