Andrea Trimarchi(FormaFantasma) Andrea Trimarchi(FormaFantasma)インタビュー
alter.の会場で展示されるプロジェクトは、コミッティメンバーによる審査を通じて決定されます。コミッティメンバーを務めるのは、MoMAやポンピドゥー・センターといった世界的なデザイン・美術機関のキュレーターから気鋭のデザインメディアのディレクター、自身もさまざまなフィールドで活躍するデザイナーまで、非常にさまざま。本ウェブサイトでは、alter.のプロセスを開示していくうえで、コミッティメンバーへのインタビューを公開していきます。
5組目のコミッティメンバーは、ミラノとロッテルダムを拠点に活動するAndrea TrimarchiとSimone Farresinからなるデザインスタジオ「FormaFantasma」。2009年の設立以降、ふたりは狭義のプロダクトデザインに留まらず、リサーチ・プロジェクトや展示デザインなど、さまざまな領域で活動を広げてきました。近年は多くの企業ともコラボレーションを重ねているふたりは、現代のデザイナーの役割をどう捉えているのでしょうか。Andrea Trimarchiへのインタビューから、いまデザイナーが向き合うべき問題を考えます。
──Andreaさんのこれまでのお仕事/活動について教えていただけないでしょうか。
2009年にオランダのDesign Academy Eindhovenを卒業し、Simone Farresinとともにデザインスタジオ「FormaFantasma」を立ち上げました。その後アムステルダムに移り、現在はミラノとロッテルダムを拠点に活動しています。私たちのアプローチは形だけにフォーカスするのではなくコンテクストを大切にしているため、「幽霊の形」を意味するFormaFantasmaという名前をつけています。
これまで私たちはプロダクトデザインからリサーチ・プロジェクト、企業からのコミッションワークに至るまで、さまざまな仕事に携わってきました。2020年にRijksmuseum(アムステルダム国立美術館)で行われた展覧会「Caravaggio-Bernini. Baroque in Rome」の展示デザインを手掛けたことをきっかけに、展示デザインに関するプロジェクトも増えています。活動を続けていくなかで、非常に幅広い産業の方々とコラボレーションを広げていくようになり、私たちの作品は美術館やプライベート・コレクションに収蔵される機会が増え、ギャラリーで展示されることもあります。
そして私たちのプロジェクトのほとんどすべてが、エコロジーあるいはエコロジカルな考え方とつながっています。デザインが社会に与える影響力や人々の議論を喚起する力に強い関心をもっているからです。
──近年はどんなプロジェクトに携わられているのでしょうか。
最近はヴェネツィア・ビエンナーレやVitra Design Museumで行われた「The Shakers: A World in the Making」など、展覧会のデザインに関わる機会が多いですね。そして、CassinaやFlosといったプロダクトメーカーとコラボレーションする機会も多く、Flosとは継続的に照明のコレクションをデザインしてきました。
企業やブランドとはプロダクトデザインだけでなく、新しい体験を生み出すようなコミッションプロジェクトにも取り組んでいます。たとえば、Pradaとコラボレーションしている「Prada Frames」というプロジェクトはミラノサローネ期間中に行われるシンポジウムで、プロダクトの展示を行うわけではありません。私たちはトークセッションのシリーズを企画していて、社会やエコロジーなどさまざまなテーマについて議論する領域横断的なシンポジウムを毎年開催しているのです。
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今年のミラノサローネ期間中には「In Transit」をテーマに現代社会における人やモノの移動を問う「Prada Frames」が開催された。
──FormaFantasmaの活動はリサーチに重きを置かれていることも印象的です。
リサーチ・プロジェクトを通じて私たちの活動を知っていただくことは多いですね。美術館などと行うプロジェクトが多く、ここでもやはりエコロジーを主要なトピックとして扱っています。リサーチという観点で最も重要なプロジェクトのひとつが2020年にロンドンのサーペンタイン・ギャラリーで発表した「Cambio」で、木材産業を対象に大規模なリサーチを展開しました。その後、2023年にNasjonalmuseet(オスロ国立美術館)では「Oltre Terra」というプロジェクトも発表しました。これはウールの採取や生産をメインテーマとしながら、ポスト・ヒューマン的な視点から人間と動物の関係を問うものでもありました。
こうしたリサーチプロジェクトは、企業とのコラボレーションにも発展しています。CambioはフィンランドのArtekとともにフィンランドの森林における木材業を対象としたリサーチを展開していますし、Oltre TerraはテキスタイルブランドMaharamとのプロジェクトになっています。私たちのリサーチプロジェクトは、商業的な実践ともつながっているわけです。
──alter.のコミッティ参画依頼を受けたときはどんな印象を抱かれましたか?
事務局のタク(今川拓人)から依頼を受けたとき、非常に興味深いプロジェクトだと感じました。タクとはこれまでも一緒に働いてきましたし、議論することも多かったですから。プロダクトのフェアというより展示空間をつくろうとしているのが面白かったですね。
日本の若いデザイナーたちがいま何を考えているのか気になってもいます。私たち自身、大学を卒業してから、新しいデザイナーの育成にも継続的に関わってきました。数年前にはDesign Academy Eindhovenで「Geo Design」と題した新しい修士プログラムもつくっています。デザインの知を継承していくことは私たちの専門分野のひとつでもありますし、alter.の取り組みも、私たちの実践につながるものだと思っています。今回の参加者は多くのプロダクトを提案していますが、そこにはさまざまなアイデアがあって、alter.は新しいアイデアに満ちた場所になると感じています。
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「Oltre Terra」は今年、Stedelijk Museum Amsterdam(アムステルダム市立美術館)でも展示され、話題を呼んだ。
──教育現場も含め、Andreaさんらは多くのデザイナーと交流される機会も多いように思いますが、現代のデザイナーはどんな課題に直面していると感じられるでしょうか。
私たちが直面している課題のなかでも重要なのは、気候変動でしょう。もちろん、そこで問題となるのは温暖化だけではありません。温暖化は気候変動の最終的な結果のひとつであって、気候変動が進むなかで、飲水や食糧を得られなくなって移住する人々も発生しますし、住めない場所も増えていきます。そんな変化に付随して、多くの問題も発生してくるでしょう。
現代のデザイナーは、私たちが生きている危機的な時代について考えなければいけません。とくに私たちは最近、「震え(trembling)」という概念についてよく議論しています。これは私たちがいま生きている、不安定な社会の状況を示すものです。
ただ、震えは恐怖の感情を示すものでありつつ、喜びとつながるものでもあります。私たちはとても幸せなときに震えることがありますよね。デザイナーは、常に震えている必要があると思うのです。
デザインは単に美的なものであってはいけません。常に新しいものを追求し、問題を解決するものであるべきです。そして、プロダクトだけで問題を解決できるわけではなく、アイデアも求められるでしょう。いまデザイナーとして活動することは、私たちが生きている世界に耳を傾けることだと思っています。
──国や地域が変われば耳を傾けるべき社会の状況も異なっているかもしれません。日本のデザインやクリエイティビティに対してはどんな印象を抱いていますか?
基本的に私たちは、国や地域のアイデンティティとデザインをつなげて考えないようにしています。しかし、西洋とアジアやアフリカを比べると、デザイナーが活動しているコンテクストに基づいた差異があることも事実です。日本の場合は、クラフトマンシップとの結びつきが強く、自動車産業のように卓越した技術からなる産業が発展していることが印象的です。それはイタリアのデザインがクラフトマンシップや工業と関わっていることと近いかもしれません。
ただし、日本がほかの地域と異なっているのは、確実に感性の領域であり、非常にコンセプチュアルなアプローチをとっていることだと思います。日本のデザインには、なにか宗教的なものとのつながりを感じるのです。それは人々が物事に取り組むときにケアを大事にしながら長い時間を費やしていることとも関係しています。
日本の産業は非常に活発ですし、世界のほかの地域の産業を見てもスピードが求められていますが、クラフトの世界にはべつの時間が流れています。日本のクラフトは遅い時間の流れをもったデザインムーブメントと言えるでしょう。
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Cassinaとのプロジェクトにおいては、演劇的なパフォーマンスを取り入れたインスタレーションを披露している。
──テクノロジーの発展によって、さまざまな産業がさらに加速していますね。
AIの影響は非常に大きいですね。AIは私たちの作業を格段にスピードアップしてくれる、信じられないほど強力なツールです。AIによって、これまでは扱いづらかった非常に複雑なデータも分析することもできるようになっています。
ただし、そこには多くの問題もあります。なかでも規制の問題は重要です。さまざまな知識を利用しやすくなっている一方で、世界的に見ても政府がきちんと規制を整備できていない。規制を整備しなければ多くの仕事が失われますし、人間の批判的な能力も失われます。すべてがよりフラットになっていくでしょう。
残念ながら、失われる仕事があることは事実ですが、そのなかには人間にとってあまり重要ではないものもあります。代わりにほかのものがルネサンスを迎えるのではないでしょうか。だからこそ、私たちは今後「現実」がますます重要になると思っています。パフォーマンスやクラフトマンシップ、ある特定の場所にいることが求められるすべてのことが、重要になっていくわけです。
──そんななかで、Andreaさんが注目されている領域やムーブメントはありますか?
先ほど申し上げたように、エコロジーはいま最も重要なムーブメントだと考えています。生態系や社会の問題にかかわらずに人間として生きることはできませんから。
歴史を振り返ってみれば、デザイナーは常に生態系や社会と関わってきました。第二次世界大戦後のイタリアの復興を考えてみても、デザインは国を形づくるうえで重要な役割を果たしてきましたし、いまも同じことが起きています。だから私はAlice RawsthornとPaola Antonelliによる『Design Emergency』を尊敬しています。この書籍はデザインが求められることに焦点を当てていて、いまもなおそれは非常に重要な問題系だと思います。
──alter.の参加者によるプロジェクトにも、そういったデザイナーの役割が提示されることを期待されるでしょうか。
私が期待しているのは、卓越した表現を見られることです。これは大げさな表現ではありません。応募された提案をすべて見たときも、alter.はほかのデザインの展覧会と異なり、各デザイナーがそれぞれの展示空間からプレゼンテーションすることが非常に特殊だと感じました。フェアのような展覧会ではなく、美術館のプレゼンテーションのようになること。そこに私は期待を寄せていますし、すべての参加者の方々が成功をおさめることを願っています。