alter.の会場で展示されるプロジェクトは、コミッティメンバーによる審査を通じて決定されます。コミッティメンバーを務めるのは、MoMAやポンピドゥー・センターといった世界的なデザイン・美術機関のキュレーターから気鋭のデザインメディアのディレクター、自身もさまざまなフィールドで活躍するデザイナーまで、非常にさまざま。本ウェブサイトでは、alter.のプロセスを開示していくうえで、コミッティメンバーへのインタビューを公開していきます。
4人目のコミッティメンバーは、ポンピドゥー・センターデザイン部門アソシエイト・キュレーターを務めるOlivier Zeitoun。インディペンデント・キュレーターや批評家としても活動し、多くの展覧会企画や教育プログラム企画に携わってきたOlivierは、日本のデザインに何を期待するのでしょうか。
ポンピドゥー・センターのコレクションを構築
──Olivierさんの現在のお仕事/活動について教えていただけないでしょうか。
私はポンピドゥー・センターのデザイン部門でアソシエイト・キュレーターを務めています。私の役割は、展覧会の企画のほか、研究や保存、継続的な構築の観点から、20世紀初頭から現代までの作品を網羅するポンピドゥー・センターのデザイン・コレクションに携わることです。
──これまではどんな展覧会に関われてきたのでしょうか。
ポンピドゥー・センターでは、部門チーフキュレーターのマリー=アンジュ・ブライエとともに『La Fabrique du Vivant』(2019年)や『Réseaux-Mondes』(2022年)、『Mimésis, un design vivant』(2022年)など複数の展覧会を共同キュレーションし、カタログ制作にも携わってきました。さらに、近年では1970~80年代のイタリアおよびミラノのシーンや、フランス人発明家ローラン・モレノによる独創的な発明など、特定のテーマを探究・発展させるためのプレゼンテーションを数多く準備してきました。
今年9月、ポンピドゥー・センターは5年にわたる大規模な改修工事のために休館します。館長のローラン・ルボンが説明しているように、これは抜本的な変革、いわばメタモルフォーゼの機会となります。この期間中、美術館と私たちのデザイン部門は、豊富なコレクションを活用しつつ、国内外のパートナーやポンピドゥー・センターの分館と協力して館外で展覧会プロジェクトを展開する重要な機会を得ていく予定です。
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ポンピドゥー・センターは2025年9月末から一時閉館予定。閉館まではヴォルフガング・ティルマンスの大規模展が開催されている。
デザインはより包括的・統合的な実践になる
──alter.のコミッティメンバーへ参加依頼を受けたとき、どんな印象を抱かれましたか?
まず第一に、コミッティメンバーへの参画を打診いただいたことを嬉しく思います。alter.は既存のデザインイベントに対して興味深く革新的なアプローチを提示していると感じました。非常にユニークなイベントですよね。意義深いものでもあるとと同時に、日本という文脈のなかでこうしたコンセプトを探求できることを楽しみにしています。
──現在、デザイン業界やクリエイターはどんな課題に直面していると思われるでしょうか。
デザインプロジェクトを考えるうえで、エコロジーや環境への配慮は避けて通れないものだと考えています。この問題に取り組むためには、プロダクトの環境負荷はもちろんのこと、より広い自然環境や社会的な文化も考慮した包括的・統合的なアプローチを考えなければいけません。
デザインプロジェクトは個人的な取り組みから複数のステークホルダーが関わるもの、多様な領域を巻き込んだ大規模なプロジェクトまで、創造的なエコシステムから成り立っているものです。デザインの歴史を振り返ってみても、複数の分野が相互に影響を与えあっていることは明らかであり、現代社会の課題を理解し、効果的な解決策を開発するうえでも重要なことだと感じます。
──Olivierさんは日本のデザインやクリエイティブについてどんな印象をおもちですか?
今年3月に、ポンピドゥー・センターとフランス学院との協力によるNCAR(日本国立美術研究センター)主催の研究プログラムの一環として、約6週間日本で過ごしました。日本のデザインとクリエイティブは広範な領域を含んでいるので、そのときの体験を簡単に要約することはできないのですが、滞在中にとりわけ印象に残っていたことがあります。それは伝統工芸との深いつながり、日本特有の「風土」として知られる環境にまつわる独自の概念、そして独特なアプローチを築き上げながらも外部に開かれていることは非常に興味深いと思いました。
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今年3月にOlivierは来日し、東京日仏学院のトークイベントにも登壇した。
国を超えた文化的な共存のためのデザイン
──Olivierさんがいま関心をもっているムーブメントや思想、技術はありますか?
間違いなくAIは現代のクリエイティブのあらゆる要素を再構築する変革の中心に位置づけられるでしょうね。この技術が未来にどんな影響を与えていくのか、非常に興味があります。
また、2019年以降、私たちの部門では「バイオデザイン」の概念のもとでさまざまなアプローチを積極的に調査してきました。菌糸体や藻類などの生きた存在とのコラボレーションを通じて生み出された、バイオベースの新素材を使ったプロダクトも面白いムーブメントのひとつです。
そして、エドゥアール・グリッサンが「モンディアリテ」と呼んだ文化的な共存もこれからは重要になっていくのではないでしょうか。地域的な特色がグローバルと融合した状況が訪れているわけです。デザインは地域固有の物語的なツールや地域に根ざしたプロジェクトの場としても機能しながら、同時に国境を超えたものとして広がっていく。
こうした状況を考えるうえでは、カリブ海のフランス領マルティニーク出身の作家、パトリック・シャモワゾーが提唱した「媒介するオブジェクト(objet passeur)」の概念を思い出してもいいでしょう。イタリア人建築家、アンドレア・ブランツィが2000年代初頭に提唱していた「弱い戦略(weak strategies)」に関する著作とこの概念を紐づけて考えてみるのも示唆に富んでいるかもしれませんね。
──alter.の出展者に対しては、どんなことを期待されますか?
応募された方々の提案に対してオープンな姿勢で臨み、その成果を実際に見られるのは非常に楽しみです。さまざまなデザインアプローチが浮き彫りになることを期待していますし、各参加者のプロセスに触れ、実際のプロダクトを見られることを楽しみにしています。