alter.   2025 NOV  Nihonbashi, Tokyo
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ローカルかグローバル、どちらかではないデザインを求めて

MoMAキュレーター Tanja Hwangインタビュー Tanja Hwang(MoMA)

  • 2025.09.03
  • alter.事務局 / Shunta Ishigami

alter.の会場で展示されるプロジェクトは、コミッティメンバーによる審査を通じて決定されます。コミッティメンバーを務めるのは、MoMAやポンピドゥー・センターといった世界的なデザイン・美術機関のキュレーターから気鋭のデザインメディアのディレクター、自身もさまざまなフィールドで活躍するデザイナーまで、非常にさまざま。本ウェブサイトでは、alter.のプロセスを開示していくうえで、コミッティメンバーへのインタビューを公開していきます。

2人目のコミッティメンバーは、MoMA(ニューヨーク近代美術館)の建築・デザイン部門のキュレーターを務めるTanja Cunz Hwang。香港・M+やドイツ・Vitra Design Museumでもキュレーターを務めた経験をもつ彼女は、より広い視点からデザインを論じようとしてきました。現在MoMAでは、展覧会企画やコレクション開発に取り組み、特にアジアをはじめとする非西洋地域のデザイン・ナラティブの発信に注力しています。デザインの多様性を追い求める彼女がalter.に何を期待するのか尋ねました。

非欧米圏へ広がる交流とつながり

──Tanjaさんの現在のお仕事/活動について教えていただけないでしょうか。

2024年から、MoMA建築・デザイン部門のキュレーターとして、展覧会の企画やコレクションの構築、出版物の制作に携わっています。また、北米と西欧以外の美術史やデザイン史を研究するプログラム「C-MAP(Contemporary and Modern Art Perspectives)」などいくつかの研究活動に携わっており、なかでも東・東南アジアに焦点を当てて活動を続けています。

──MoMAに入られる以前はどんなことをされていたのでしょうか。

2021年から2023年まで、香港のM+でデザイン・建築部門のアソシエイト・キュレーターを務めていました。それ以前はドイツのヴィトラ・デザイン・ミュージアムでさまざまな企画のキュレーションを担当し、『Gae Aulenti: A Creative Universe』(2020年)や『Objects of Desire: Surrealism and Design 1924 –Today』(2019年)、『An Eames Celebration』(2017年)などの展覧会を共同企画してきました。

──これまでのキャリアを振り返ってみて、印象に残っているプロジェクトやあなたの活動を代表するようなプロジェクトはあるでしょうか。

M+での経験は非常に重要なもので、ヨーロッパや北米以外の地域へ関心を向けるきっかけとなりました。なかでも意義深かったのは、私が共同企画として携わった『Madame Song: Pioneering Art and Fashion in China』(2023年)です。この展覧会は、先駆的なビジネスウーマンであり、いまなら「インフルエンサー」とも呼ばれそうな宋懐貴にフォーカスし、改革開放後の中国における視覚文化の変容、特にファッション産業の台頭に与えた影響をまとめたものです。また、東アジアや東南アジア、南アジアのファッション・テキスタイルデザイナーを中心としたコレクション開発にも携わりました。

さらに、2022年のHyundai Blue Prize Design Awardにも参加し、パンデミック後の「フューチャー・ノーマル」を創造するための世界中のデザイナーからの提案に焦点を当てた展覧会を企画し、特にコレクティブなクリエイションのあり方を重視していました。このテーマは、現在も考えつづけているものでもあります。

──アジア圏にフォーカスした取り組みを多く展開されてきたわけですね。

香港での経験を通じて、より広い地域へ関心が広がりました。西洋のデザイン機関で培ってきた私の知識や経験が、グローバルな物語とどのように交差するのか考えるようになったんです。MoMAでは、アジア圏の作品を中心にモダンデザインのコレクションを拡充しようとしており、アジアを代表する作品だけでなく、既存のコレクションと対話する作品をより多く取り入れようとしています。

Tanjaがキュレーションに携わった展覧会『Madame Song: Pioneering Art and Fashion in China』

デザイナーが重視すべき倫理と責任

──alter.のコミッティメンバーへ参加依頼を受けたとき、どんな印象を抱かれましたか?

第1回目のalter.へ参加できることを心から嬉しく思っています! とくに興味深いと思ったのは、alter.の狙いですね。日本の新進デザイナーに焦点を当て、デザイン分野の境界を押し広げる革新的なコンセプトを奨励しようとしている点は面白いですね。

──現在、デザイン業界やクリエイターはどんな課題に直面していると思われるでしょうか。

私たちが直面している地球規模の環境危機を踏まえると、倫理的で持続可能性へ配慮したアプローチがますます重要になっています。大きな課題のひとつは、製品のライフサイクル全体を念頭に置かなければいけないことです。もはや製品の機能的・美的価値だけで評価することは難しく、エネルギー消費を伴うデジタル製品も含め、あらゆるフェーズで環境への影響を考慮しなければなりません。

もうひとつの課題は、AIの台頭です。すでにAIは、コンピュータがデザインプロセスに不可欠となるグラフィックデザインやウェブデザイン、工業デザイン、ファッションに影響を与えています。AIは便利なツールを提供する一方で、人間の想像力と創造性の独自性を問いかけており、クリエイティブ産業全体に大きな変化をもたらすことは間違いありません。その変化は建設的なものもあれば、破壊的なものもあるでしょう。

伝統的な職人技は、工業化が始まってからずっと脅威にさらされており、デジタル時代においてもその状況は変わりません。工芸的な技術は反復的で身体に負担の大きな労働を伴うため、とくに若い世代から見ると経済的な持続可能性を欠いていると思われるでしょう。他方で、AIの台頭に関する最近の議論では、手仕事や身体化された知識が新たに評価される可能性について言及されることもありますね。

──工芸の問題は日本のデザインともつながっていますね。Tanjaさんは日本のデザインやクリエイティブについてどんな印象をおもちですか?

日本には美学と卓越した技術が融合した、素晴らしい職人技の伝統がありますよね。その感性が、日本やその周辺地域に驚くほど独特なデザイン文化を形づくってきました。私は多くの日本人デザイナーを尊敬しています。濱田庄司から河井寛次郎、柳宗理、田邊玲子、剣持勇、倉俣史朗、吉岡徳仁、深澤直人、そして川久保玲や三宅一生といったファッションデザイナーまで、枚挙にいとまがありません。彼/彼女らは、日本の伝統と先進的な表現を巧みに融合させ、若い世代にインスピレーションを与え続けています。

Tanjaは日本のデザインや文化にも深い関心を寄せている。

単なる課題解決に資する機能を超えて

──Tanjaさんがいま関心をもっているムーブメントや思想、技術はありますか?

さまざまな分野の新興領域に関心があります。たとえば、環境への意識の高まりが素材や技術革新の発展を牽引してきていますし、障がいをもつ人々などこれまで主流のデザインから排除されてきた人々のニーズを満たそうとするインクルーシブ・デザインも勢いを増しています。こうした動きは素晴らしいものだと思いますし、個人的にもこの領域の動きには注目しています。

また、人間以外の視点への関心が高まってもいますよね。私たちがこの惑星を共有するほかの生命体について考え、歴史的にデザインがどのようにそれを見落としてきたかを考えることは重要です。

少なくとも歴史的な観点から見れば、よりグローバルなデザインのナラティブへの移行と、この分野における植民地主義的イデオロギーの批判的な評価が進んでいます。それと並行して、伝統と革新の両方に富んだ工芸や先住民の知識体系への関心が再び高まっていますね。いまは本当に刺激的な時代です。

──alter.の出展者に対しても、そういった観点から評価を行われるのでしょうか。

そうですね!思慮深い倫理的なアプローチを通じて現代の課題に取り組むような提案に出会いたいです。とくに実用的な用途から感情的、文化的、象徴的な意味に至るまで「機能」のあらゆる側面を探求する作品に惹かれます。

alter.は新進気鋭のデザイナーにスポットライトを当てていますし、ローカル対グローバルといった二元的な枠組みを超え、両方の側面を意味のある形で織り交ぜるような、新鮮でハイブリッドな視点やプロジェクトに出会えるのを楽しみにしています。

──とくにプロダクトデザインの文脈においては「機能」を問われることが多いですが、Tanjaさんはデザインにおける「機能」をどのように定義づけられますか?

伝統的に見ると、特に西洋のモダニズムの言説において、機能とはデザインが特定の問題を解決する能力を指し、しばしばその形態を導いたり決定づけたりするものでした。建築家ルイス・サリヴァンの「形態は機能に従う」という言葉は、このことをよく表しています。

しかし、機能とはそれよりもはるかに広い意味をもつものだと思います。なぜなら、工業デザイン以外なら、オブジェクトの機能は感情的、美的、あるいは文化的なものにもなり得るからです。あるいは、価値観を伝えたり、遺産を保存したりすることもあるでしょう。そうすると疑問も生じますね。機能はデザインの原動力となるのでしょうか? それとも、その意味や用途を形づくる多くの考慮事項のひとつに過ぎないのでしょうか?

──「プロダクト(デザイン)」の条件を簡潔に表現するとすれば、何だと思われるでしょうか。

もし条件を決めなければいけないとしたら、アクセシビリティとアピールですね。前者は、幅広い層の人々が利用可能で使いやすいことを意味し、その基盤となるのは再現可能性です。後者は実用性と美的価値双方を含んだものです。これらふたつが組み合わさることで、プロダクトは幅広いユーザと有意義なつながりを築くことができます。

──Tanjaさんはどんな視点からプロダクトの価値を評価しようと思われるでしょうか。3つのキーワードを教えてください。

私の評価基準は主に3つあります。「ニーズ」(作品が既存のギャップを埋め、意味のある問いを投げかけるか)と「目的」(作品が魅力的で革新的な方法でそれを実現するか)、「機能性」(ユーザー志向で、どのようにユーザーに役立つか)です。もちろん、これらの基準は固定されたものではなく、特に工芸やイデオロギー、コンセプチュアルな枠組みに根ざした提案については、柔軟に適用できるものでもあります。独自のストーリーや視点、未来への希望をもつ、情熱的なクリエイターたちの素晴らしい作品を拝見できることを心待ちにしています。