Interview
2025.10.31 Interview

ロゴではなくガイドライン──alter.のVIに見るデザインイベントの体験設計

alter.ウェブサイトのアップデートに伴い、メインビジュアルやVIが公開されました。VIで採用された直角に交わる縦と横のラインは会場構成やSNSなどさまざまな場所で使われつつ、可変的に設計されており、メディアに応じて自在に姿を変えるものでもあります。alter.という新たなデザインイベントを表すこのVIはどのような思想のもとでつくられたものなのでしょうか。クリエイティブ・ディレクターを務める佐久間磨(Rondade)へのインタビューを通じ、VIが生まれたプロセスを解き明かします。

ロゴも会場構成もすべてつながっている

──今回発表されたalter.のVIは縦と横のラインからなる非常にシンプルなもので、ウェブサイトやSNSなどメディアや用途に応じて変化していきます。このVIはどのように設計されていったものなのでしょうか。

alter.というイベントを発信していくにあたり、まずはロゴをつくる必要があったのですが、ロゴだけを考えるというより、ウェブサイトや会場構成も含めて、点と点がつながって最終的に会場ですべてが線を結ぶような体験を生み出せたらと思っていました。

その際にまず考えていたのは、会場のことでした。今回alter.の会場となる日本橋の三井ホールはコンサートや催事場などさまざまなイベントが行われる場所で、空間そのものが強烈な個性をもっているわけではありません。そんな会場でalter.のような新しいイベントを展開するには、会場にある壁や装飾を“無視”できるような仕掛けが必要だと感じていました。

どうすれば既存の建物がもっている印象を無視して空間をつくれるのか。そこで「床」に着目したんです。床の印象が変わるだけで空間の印象は大きく変わりますから、今回は会場一面に真っ青な床を敷くことを検討しました。それだけで空間に対する意識も変わるし、青い床の上で何か新しいことが起きているような状況をつくれるのではないかと考えました。

──なぜ青だったんでしょうか? 見方によっては非常にメッセージ性が強く感じられる懸念もありそうです。事実、事務局やコミッティメンバーとのミーティングにおいては、否定的な意見も見られました。

反発があったり議論が生まれたりするのは悪いことではありません。真っ青な床って個性が強すぎるようにも思えますが、青のようなコントラストを入れることで展示されているプロダクトが際立つのではないかと思っています。もちろん黒やグレーの床だったら反発も生じなかったと思うのですが、個人的にはただ馴染んでいるだけの状況が嫌いだったんです。だからといって奇抜なことをすればいいわけでもなく、馴染ませずに馴染むような状況をつくるほうが、結果的にフレッシュな体験が生まれると思っています。

そのうえで、当初の計画では会場にあるグリッド状の照明をギリギリまで下げることで空間を圧縮することも検討していました。結果的に設備の制約もあり実現が難しかったのですが、青い床とグリッド状の照明にサンドイッチされるような空間をつくることで、既存の会場設備から切り離された空間を生み出せるのではないかと考えたわけです。

 

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alter.のビジュアルには縦と横の線が共通の要素として取り入れられている。

「ガイドライン」として機能するVI

──ロゴというよりはまず空間を考えてVIのようなシステムの設計を進めていった、と。

alter.の主役はあくまでもクリエイターですから、いきなりロゴをつくることでイベントを規定したくなかったんです。ただ、alter.自体が立ち上がったばかりのイベントやプラットフォームですし、今回のイベントに向けてクリエイターのみなさんが新しいプロダクトを発表するので、どんなものが生まれるのかわからないことも事実です。とくにalter.は多様なクリエイターがコレクティブとして参加していて、プロトタイピング的な考え方をとっているので、展示されるプロダクトに統一感があるわけでもありません。

クリエイターのみなさんのプロダクトに応答するにはまずは大きな風呂敷のようなものが必要だと思いましたし、それがなければクリエイターの新しさを受け止められないと感じていました。だからこそ、まずは会場のあり方を通じてどんな器をつくるか考えることが起点となりましたね。

──alter.自体もなにかジャンルやテイストを規定しているわけではありませんし、新しいフォーマットやプラットフォームという性格が強いですね。

alter.は単に既存のデザインイベントのカウンターになるものではないですし、参加されるクリエイターの方々もまだ存在しない何かをつくろうとしているので、どんな場が生まれるかフタを開けてみないとわからないですよね。ある意味では、クリエイターの方々がつくられてきたこれまでのプロダクトなどにも引っ張られることなく、その場に集まってプロダクトが響き合うような空間をつくれたらと思ったんです。

──結果として、alter.のVIは非常にシンプルなものになっています。VIを構成する縦と横のラインと会場構成はどのようにつながっているのでしょうか。

alter.のウェブサイトではまず会場の風景が表示され、そこに横のラインが引かれてから縦のラインも引かれていきます。横のラインは器のようなイメージで新しい地平を引いていくようなものでもあり、そこに縦のラインが入り十字に交わることで、コレクティブ的にさまざまな存在がつながっていくとも言えるし、ある種の分断を生じさせてもいる。

このラインは会場構成にも反映されていて、展示会場だけでなく、会場に入るまでの空間でも垂直・水平のラインを照明で表現していきます。また、SNSなどで投稿していくプロジェクトやクリエイターの画像においてもこのラインが導入されていることで、会場も参加者もウェブもすべてつながっていくような状態をつくっています。

今回はこうしたラインの引き方・あり方そのものをVIとして設定していて、固定されたキービジュアルやロゴが存在しているわけではありません。そもそもalter.がどんなイベントになっていくのかは未知数ですし、決まった形状のロゴをつくってしまうと答えも定まってしまうからです。alter.がやっていることはあとから答えがわかるものでもありますから、今回のVIについては、ある種のガイドラインのようなものになればいいなと思っています。

 

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縦と横のラインが明滅するビジュアルはCGではなく実際に撮影されたもの。

プロセスに揺さぶりをかけていく

──ロゴやメインビジュアルの策定においては、事務局内で何度も議論が行われていました。青い床に限らず、佐久間さんが提示した案への反発が生じることも少なくなかったと思うのですが、そのプロセスを通じてalter.の位置づけが定まっていったようにも思います。

自分の役割は、プロセスに揺さぶりをかけることでもあるのかなと思っていました。正直、単にロゴをデザインしたり会場を設計したりするだけならもっとうまくできる人はいると思いますから。自分が関わるならば、常に議論が生まれることを大事にしたいんです。

こうした展示イベントにおいてはホワイトキューブのような空間で作品を綺麗に見せることが一般的ではありますが、メディアやデバイスも移り変わり観るという行為そのもののスピードやあり様が変わっていくなかで、ホワイトキューブのようなフレーム自体が古くなってきてしまっていると感じています。「観ること」がフレーム化されてしまっていて、みんな見ているようで見ていない、コミットしているようでコミットしていないような状況が生まれてしまっている。それならむしろ、綺麗に見せなくてもいいし、ときには見づらいくらいの方が意識的にモノを観るようになるのではないかと思っているんです。

とくに最近はデザインやアートをテーマにしたイベントも多いと思うのですが、そこで何か新しさを提示したり観る側に働きかけたりすることができなければ、なんとなく既存のフレームのなかに当てはめられてしまうし、そうなると人は観ることを拒否してしまうと思うんです。ある程度極端な働きかけを行うことで、観る側が主体的に踏み込んでくれるのではないかと考えています。

だからalter.のクリエイティブディレクションを行ううえでも、みんなが「いいね」と簡単に咀嚼してくれるものではなくて、議論が巻き起こるようなものを提示すべきだと考えていました。もちろん「メインビジュアルはありません」「ロゴはありません」と言えば混乱を招きますし迷惑もおかけしてしまうかもしれないのですが、そんなプロセスこそが大事だと思っています。

──齟齬やノイズが生じることで初めて意識化されることもありますね。

単にみんながすでに知っている・わかっているやり方を採用するなら、新しさも疑問も生まれませんし、わざわざやる意味もなくなってしまうんじゃないかと思うんです。だからテニスのラリーみたいにスピーディに進めていくよりは、いろいろな疑問をひとつずつ咀嚼していきながら考えていく必要があると思っています。alter.も今年1年で終わるものではなく継続的に続いていくものだと思いますから、今回のプロセスを踏まえて来年以降も続いていくといいなと感じます。

展示イベントは鑑賞者とのコミュニケーションの場でもありますし、ある意味でサービス業のような側面もあると思うんです。ただ作品が展示されているだけではなくて、鑑賞者の方々に何かを持ち帰ってもらうことが大切なんですよね。もちろんそれは作品を買うことだけにとどまらず、なんらかの発露を引き出さなければイベントをやる意味がないんじゃないかと思っています。よくイベントや展示の感想で「よかったですね」と言われることがありますが、それってあまり褒め言葉に聞こえない時があります。本当にいい、本当にすごいと思ったならば、そこにはわからない要素も絶対に入っているはず。今回展示されるプロダクトやプレゼンテーションはもちろんのこと、VIやビジュアルなどにおいても新たな考え方を採用することで、alter.としてオルタナティブな基準を提示していけたらと考えています。